今日の朝日新聞声欄は全共闘特集。
蹴られながらジグザグデモ
赤、青、白。全共闘のヘルメットの色です。私の通っていた大学は赤ヘルが主流でした。赤は社学同、白は中核、青は社青同解放派。セクトに所属しなくとも、反体制という全共闘の主張に共鳴する私のような学生は「ノンセクト・ラジカル」と呼ばれました。
私もよくデモに参加しました。京都市内の同志社大に集合して、アジ演説の後、出発。祇園の円山公園で集会後解散です。河原町通では両手を広げてフランスデモ。「安保粉砕、日帝打倒」。祇園の石段下ではジグザグデモ。機動隊によく殴られました。私も蹴られて足を負傷。周囲からは名誉と言われました。
長崎県佐世保港に、米国の原子力空母エンタープライズが入港した1968年(昭和43)年1月には、入港阻止のために大学前からバスが出発。ゲバ棒を持った友を見送りました。
学内では、学生のバイブルとなった「都市の論理」著者の歴史家・羽仁五郎氏の講演があり、歌手の加藤登紀子さんも応援に来て、皆で「インターナショナル」を歌いました。さながら革命前夜の熱気でした。
東大「安田砦」の落城で、運動は終結へ。当時の学生たちは今、どこでどうしているのでしょう。
東大医学部の体質に学生がキレてこの運動が始まったと習った。なるほど事情を聞けば問題意識の塊であるべき大学生が体制側である大学当局をバッシングするのも尤もだ。そこに変な人が紛れて反米反日に傾きすぎ、やがてテロや殺人まで起こすようになってしまった。当時の全共闘学生にとって、日本赤軍によるハイジャックとか浅間山荘事件とかは「一部の人」の仕業でしかないのだろうか。君が代は拒絶するけどインターナショナルならいいのだろうか。アメリカの原子力空母入港は大問題で中国の原子力潜水艦は問題ないのだろうか。白いヘルメットの中核派の方は杉並区で発生した全く新しいタイプの若者活動 (冷やし中核派オフ) によって糾弾する側から糾弾される側にまわってしまったことについてどうお考えだろうか。ジグザグデモとかアジ演説とか2ちゃんねるの荒らしとかコピペとかよりよっぽど悪質ではないだろうか。「安田砦」ってもし安田講堂が取手市にあったら「とりでとりで」なんだろうか。ゲバ棒を持って原子力空母に抗議するというのは、日本が攻められたら竹やりで応戦すればいいというモリタク理論とどこか重ならないだろうか。「革命前夜の熱気」というのはライブのクライマックス程度のものなのだろうか。敵に攻撃されて負傷して「名誉だ」と言われるのは彼らが非常に憎む軍隊の気質とどう異なるのだろうか。彼らは日帝から人民を解放する人民解放軍だからきれいな軍隊なのだろうか。まぁどうでもいいや。