学生が提出したレポートと似たような記述をインターネットで見つけ、これを質したところ、「それを書いたのは私なんです」と言われたら先生方はどう対処するのだろう。とくにWikipediaみたいな誰の著作物でもない文書の場合、誰が書いたか分からないし誰でも書けるのだから学生の言っていることが嘘だとはすぐに判断できない。
キャベツプランのときの審査委員の話し振りを見て違和感を感じたのだけれども、インターネッツを作っているのは自分と関係ない第三者であると考えるのは良くない。特にCGMだなんだかんだ盛んなこのご時世、ネットの書き込みが信用ならんと嘆く前にあなたが信用に足る書き込みをするべきだ。同様に、日本語変換ソフトに差別語が含まれておらず言葉狩りではないかと荒げる前にあなたが差別語入りの辞書ファイルを配布するべきだし、使っているテキストエディタがUnicodeに対応していないのを叩く前にあなたがUnicodeに対応するためのパッチを作って配布するべきだ。それができないなら自分の考えをコミュニティ内で共有すればいいのであって、なんで批判する必要があるのだろうか。批判は対象が自分と無関係だという態度の現われだと思うんだよねぇ。当事者意識がない。
ということで、梅田望夫とかが年上と話すのはやめたとか言うのも十分うなづける話なのでありました。学生がそれを実践すると悲惨なことになるけど。